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福岡地方裁判所 昭和50年(ワ)265号 判決

原告 市川清

右訴訟代理人弁護士 上田国広

被告 福岡県

右代表者知事 亀井光

右訴訟代理人弁護士 森竹彦

右訴訟復代理人弁護士 吉村敏幸

被告 伊藤久雄

右訴訟代理人弁護士 三浦諶

主文

一  被告らは原告に対し各自金八万七一七〇円およびこれに対する昭和四七年一一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告と被告らとの間においてそれぞれ五分し、その三を原告の負担、その余を被告らの各負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金一八八万七九〇〇円およびこれに対する昭和四七年一一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告両名とも)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故および傷害の発生

(一) 日時  昭和四七年一一月二八日午前七時二五分頃

(二) 場所  福岡市博多区築港本町五番地の一

(三) 加害車  普通貨物乗用自動車

右運転者 被告伊藤久雄

(四) 被害車  軽乗用自動車

右運転者 原告

(五) 事故の態様

発生場所交差点は、信号機の設置された交差点であるが、被害車両が本件交差点に差しかかった時は、既に信号機が故障しており、いわゆる現示ストップの状態にあった。そこで被害車両は、左右の安全を確認し徐行しながら右交差点に進入し、同交差点を北から南へ向け進行中、東から西へ進行してきた加害車両に側面から衝突された。

(六) 傷害の部位および程度

(1) 傷病名 顔面裂創、頸椎捻挫、胸腰椎捻挫

(2) 病院名 福岡市博多区大字堅粕御塔後一三五二番地の三

千鳥橋病院

(3) 入・通院期間

入院 昭和四七年一一月二八日から同四八年二月一八日まで(八二日間)

通院 昭和四八年二月一九日から同年六月二一日まで(実日数四七日間)

(4) 後遺症 握力低下、背筋力低下を認め、手指で細い作業をすることができず、腰痛のため以前の仕事が出来ない。右後遺症につき自動車損害賠償責任保険より後遺症等級一二級を認定されている。

2  被告伊藤の責任

(一) 本件交差点はもともと信号機の設置されている交差点であるが、当時信号機が故障し現示ストップの状態にあったから、このような場合、むしろ交通整理の行なわれていない交差点にあたるというべきである。そこで、被告伊藤において本件信号機が正常に作動していると判断したことが、真にやむをえない場合に信頼の原則の適用があるのは別として、同被告は徐行又は一時停止をして、安全確認のうえ本件交差点に進入すべき注意義務がある。しかし、被告伊藤には後記理由により信頼の原則は適用されず、また右注意義務に違反していた。

(二) 事故当時はすでに夜が明けており、事故直前、被告車は、事故現場より約三〇〇m手前の石城町交差点で赤信号のため先頭に停車していた。石城町交差点より本件交差点は十分見通せる状況にあり、したがって、本件信号機の点滅状態や交差点内の車両等の動向は、十分確認できる状況にあった。

(三) 被告伊藤は事故当時福岡市中央区長浜の協新運輸に勤務しており、毎日千鳥橋方面から那の津方向に車で通勤していた。したがって、被告伊藤は、自己の進行方向がいわゆる線系統による信号機の制御がなされていることを熟知しており、石城町交差点に停止中に本件事故現場の交差点が正常でないことを推認しえたはずである。

被告伊藤は、石城町交差点の対面信号しか見ていなかった旨供述しているが、自動車運転者は、数ヶ所先の信号機の点燈状況を判断しながら走行するのが常識であり、特に同被告は、運送会社に従事しているプロの運転者である。

(四) 被告車が本件交差点にさしかかる際、同交差点の一部である蔵本町交差点ですでに西鉄の巡視員が制服着用のうえ、赤、青の手旗を持って、石城町から須崎方向への電車の誘導をしていた。被告車の進行方向、位置およびその時の道路環境からすれば、当然右巡視員に気づくとともに、これによって信号機の故障にも気付くことができたはずである。

(五) 被告伊藤は原告車を相当手前の距離(原告車が交差点に進入した時、被告車は衝突地点手前八四・四mないし五六mの地点を走行中であった。)で発見できたにも拘らず、本件交差点進入の前後において、被告車と併進していたライトバンに目を奪われ、前方注視を欠いたまま進行し、原告車に気づくのが遅くなったため、本件衝突事故を惹起したものである。

(六) 以上の注意義務違反により、被告伊藤には、民法七〇九条の責任がある。

3  被告福岡県の責任

(一) 被告県は、福岡県公安委員会が管轄し、博多警察署が管理する公の営造物である本件交差点の信号機の保管責任者である。

(二) 信号機の設置管理者としては、常に信号機の完全性に留意し、もしそれが故障等のため機能しない場合は直ちに修理して、右故障による事故が発生しないように万全の措置を講ずべき管理義務があるから、本件信号機が正常な作動を行なわなくなり、前記事故を誘発させた以上、被告県の公の営造物の管理に瑕疵があったものといえ、国家賠償法二条の責任がある。

(三) 仮に、公の営造物の管理に瑕疵が認められないとしても、前記のとおり信号機の完全性につき配慮すべき注意義務があるのに、これを怠り、本件事故発生の原因を与えたものであるから民法七〇九条により責任がある。

4  損害

(一) 治療費 金五〇万円

(二) 入院雑費 金二万四六〇〇円(但し、一日三〇〇円として八二日分)

(三) 休業補償 金四三万四〇〇〇円(但し事故前三ヶ月の平均賃金を一ヶ月金六万二〇〇〇円として七ヶ月分)

(四) 逸失利益 金六八万六三〇〇円

原告は前記後遺症により次のとおり将来得られる利益を喪失した。

(1) 年収 金七四万四〇〇〇円(但し、前記一ヶ月の平均賃金の一二ヶ月分)

(2) 就労可能年数 八年間

(3) 労働能力喪失率 一四%

(4) 新ホフマン係数 六・五八九

(五) 慰藉料 金九〇万円

但し入院二・七ヶ月、通院五ヶ月 金五〇万円

後遺症慰藉料 金四〇万円

(六) 車両損害 金一五万八〇〇〇円

5  保険金充当

原告は、自賠責保険から合計金一〇二万円の支払いを受けている。

6  弁護士費用

原告は、弁護士である原告訴訟代理人に本訴訟を委任し、着手金として金四万五〇〇〇円を支払い、成功報酬として、訴訟額の約一割相当である金一六万円を支払うことを約した。

7  結論

よって原告は、被告らに対し各自金一八八万七九〇〇円およびこれに対する本件事故発生の昭和四七年一一月二八日以降支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  (被告伊藤久雄)

(一) 請求原因1(五)の事実のうち被告車両が左右の安全を確認し徐行しながら本件交差点に進入したのに加害車両が側面から衝突したとの部分は否認する。同(六)は不知。その余の請求原因1の事実は認める。

(二) 請求原因2(一)(二)の事実について

信号機故障が稀であり、運転者がそれに遭遇することがもっと稀である以上、運転者に信号の故障を確認すべき注意義務を課すのは酷である。本件信号機が現示ストップの状態であっても、被告伊藤がそれを知りまたは知り得べきであったというような特段の事情がある場合は格別、本件交差点を当然には交通整理の行われていない交差点と同視することはできない。被告伊藤は、本件信号が現示ストップの状態にあることを知らなかったものであり、自車の対面信号が青で交差点に進入する運転者としては、他の道路利用者が交通秩序に従った適切な行動をとるであろうことを信頼して進行すれば足り、さらに左右道路の車両との安全確認や徐行の義務はない。

(三) 請求原因2(三)の事実について

被告伊藤が千鳥橋より石城町・那の津方面に車で通勤していた事実は認める。被告伊藤は、経験上千鳥橋方面から青信号で進行して本件交差点にさしかかる時は、そのまま青信号で本件交差点を通過できることを知っていたからこそ、千鳥橋方面から青信号で進行してきた本件事故の場合も、信号が正常に青信号であることに疑いをいだかなかった。

(四) 請求原因2(四)のうち巡視員が電車の誘導をしていた事実は争わないが、被告伊藤はこれを目撃していない。したがってその余は争う。

(五) 請求原因2(五)のうち被告伊藤が青信号確認後、左方を併進するライトバンを見たことは認め。しかしこの行為がよそ見と評価される不注意な行為とは言えない。被告伊藤としては、衝突事故の発生する可能性のある千鳥橋→パラダイス方向に進行する自動車に注意する必要があり、併進車の動向に注意するのは当然である。そのため被告伊藤が前方注視の義務に欠け、原告車発見の時期が遅すぎたということはない。

(六) 請求原因4、6の事実は不知。

(七) 請求原因5の事実は認める。

2  (被告福岡県)

(一) 請求原因1(五)の事実のうち、原告が左右の安全を確認し徐行しながら右交差点に進入したことは争う。同(六)の事実中、原告が負傷したことは認めるが、その傷病部位の詳細その他の事実は不知。請求原因1のその余の事実は認める。

(二) 請求原因3(一)の事実は認める。

(三) 請求原因3(二)(三)の福岡県の責任については争う。

本件事故当時信号機は、被告伊藤の進路につき「青」、原告の進路につき「赤」の表示であった。本件交差点は信号機により交通整理が行われている交差点と考えるべきであるが、原告は、本件信号機が、前記の表示のまま現示停止していることを承知で、赤信号を無視して本件交差点に進入した。その結果本件事故が生じたのであるから、事故発生と信号機の現示停止との間には、因果関係がない。

(四) 請求原因4、5の事実は不知。

(五) 請求原因6のうち、原告が原告代理人に訴訟委任をしたことは認め、その余の事実は不知。

三  被告らの主張ないし抗弁

1  (被告伊藤久雄)

(一) 本件事故は原告の左方不注視により生じたものである。原告は、対面信号が赤であるのに左右からの車の通行がとぎれるのを見て本件交差点に進入を開始したが、その後は須崎方向から進行してきて交差点反対側の停車線付近で停車中の車に注意を向けており、自車が停車線より須崎方向へ二〇・四m進行するまでの間、左方の安全を確認していない。原告はそもそも進行方向が赤信号なのであるから交差点に進入すべきでなかったものであり、また進入すべき特段の事情があるにしても、他の自動車がそれぞれ自車の進行方向の信号に従って進行するのは当然予測されることであるから、原告車の右方および左方より進行してくる自動車には、特に注意して運転すべきである。

(二) 本件交差点が交通整理の行なわれていない交差点と同視しうるにしても、原告車は狭い道路から巾員の明らかに広い道路に出るのであるから、千鳥橋→長浜と進行した被告車より高度の注意義務があるというべきである。

(三) 被告伊藤に、かりに若干の過失があるとしても原告にも重大な過失が存するのであり、過失相殺がなされるべきである。

2  (被告福岡県)

(一) 信号機の故障を事前に予知することは不可能である。したがって今日信号機の管理とは、一旦故障した場合に遅滞なくこれを原状に復し、信号機を安全良好な状態に保つこと以外にありえない。そしてこのように遅滞なく原状に復することが不可能な状態下には管理の瑕疵はない。

(二) 本件信号機には、およそ午前七時頃故障が発生し、同七時すぎに西鉄パトロールカーが故障を確認、その旨会社営業所へ通報がなされた。それが所管の博多署に同七時一五分ないし二〇分頃連絡され、博多署では直ちに現場にパトカーを急行させた。そしてこれが現場に到着しない間に本件事故が発生したものである。被告福岡県は遅滞なく原状復帰のための措置をとっており、本件でとった以上の措置をとることは不可能であった。

(三) 原告はコンピューター制御によって末端の故障がキャッチしえたはずというが、コンピューター制御は昭和四四年にはじめてわが国に導入され、福岡県では翌四五年度から予算措置が講ぜられ、実用に供されるようになったのは昭和四六年からであった。しかし一挙に全信号機のコンピューター化は不可能であって、重要度に応じて地区をわけて徐々に移行しつつある段階で本件事故は発生した。したがって、本件信号機が事故当時コンピューター制御されていなかったことをもって設置、管理の瑕疵ということはできない。

(四) 被告福岡県は必要な定期ならびに随時の保守点検を行なっている。しかし、信号機は寿命の異なる多数の部品で構成されており、外界の苛酷かつ様々に異なる条件下で使用されており、故障が予想外の時期に発生するので、故障を皆無とすることは理論上も実際上もできない。本件故障はおそらくリレー部の接触不良か、ネジの緩みが原因と推測されるが、リレー部の故障が疑われる毎にこれを新品と交換しているとぼう大な経費を必要とするし、また他面、その故障が何時起るか予見できない以上、信号機を常時監視しておくこともできない。

四  被告らの主張等に対する認否、反論

1  主張等2(一)ないし(三)の事実は争う。

本件事故当時、すでにコンピューター制御による信号機が導入されている。本件信号機をコンピューターシステムにするには、本体を取替える必要はなく、交通管制センター部の工事をすればすむことである。そうすれば端末付加装置が正常に作動しているか否か管制センターでキヤッチすることができ、さらに点燈をやめるなどの指令もできたはずである。

2  同2(四)の事実も争う。

本件故障の原因が遂に解明されていないこと、そして事故当日の午後にも同様の故障が発生したことからすれば、管理の不適切が明らかであり、故障が不可抗力であるとの主張は理由がない。

第三証拠《省略》

理由

第一事故および傷害の発生

原告主張の日時、場所において、原告の運転する車と被告伊藤の運転する車が衝突したことは当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば、原告が、その主張のような傷害を受けて、昭和四七年一一月二八日から昭和四八年二月一七日まで八二日間入院し、同年二月一八日から同年六月二一日まで実日数四七日間通院した事実が認められ、原告主張のような後遺症が残ったことが認められる。

第二被告らの責任について

一  本件事故の状況

《証拠省略》によれば、本件事故現場の交差点は、博多区築港本町五番地の一先に位置し、東方(石城町・千鳥橋方向)から西方(那の津・長浜方向)に通ずる両側に歩道のある巾員二七mの道路に対し、巾員九・六mの道路が北(築港・パラダイス方向)より直角に、また西南(須崎・天神方向)よりのびた道路がその反対側に斜めに交差する見通しのよい交差点で、右交差点の東方道路から西南方道路には西鉄市内電車の軌道が設けられていること、事故時は、天気がよく路面も乾燥しており、午前七時すぎではあったがすでに明るくなっていたことが認められ、また本件交差点の四隅には信号機が設置されていたが、《証拠省略》によれば、少なくとも当日午前六時五五分ころよりこれら信号機は、原告車の進行しようとしていた南北方向が「赤」、被告車の進行しようとしていた東西方向が「青」の状態で現示ストップし、故障していた事実が認められる。

そして、《証拠省略》によれば以下の事実が認められる。

被告伊藤は当時協伸運輸に運転手として勤務し、事故現場道路を自家用車で毎日通勤のため通行していた。事故当日は、現場交差点の東側ひとつ手前の石城町交差点で一旦赤信号により停車した後発進し、本件交差点の青信号を二度確認し、時速約四〇kmの速度で那の津方向へ向かって本件交差点に進入していったところ、衝突地点より約一二・六m手前で右側交差道路から進行してきた原告車に気づき、急ブレーキをかけたが間にあわず、交差点の中央やや南側において、被告車の前部と原告車の左前部が衝突した。

原告は、事故当時築港より須崎方向に向かって本件交差点を通過すべく、その手前で赤信号により停車していたが、信号が一向に変らないので故障に気づき、停止線で一応左右を確認したのち時速一五ないし二〇kmの速度で交差点内に進入し、中央付近にさしかかったところ、衝突地点手前四・二mのところで、左方から進行してくる被告車に気づき、ブレーキを踏んだが及ばず衝突するに至った。

二  被告伊藤の責任

(一)  以上の事実をもとに被告伊藤にいかなる注意義務が課されているかにつきまず検討する。

《証拠省略》によれば、本件信号機が現示ストップした状態のもとで、西鉄バスをはじめとして、南北方向から本件交差点に進入しようとしていた車は、赤信号のため一時停止し、やがてその故障に気づくと信号が変るのを待たず、そのまま左右を走る車の少ない時を見はからって同交差点に進入していた事実が認められ、また西鉄電車は西鉄の巡視員である右有村の手旗の指示に従って交差点を往き来していた事実が認められる。とすれば、本件交差点の信号機はすでに実質的にその機能を失い、交通整理の行なわれている交差点とはいいえない状況にあったというべきである。もっとも、被告車の進行してきた道路は、交差道路に比し明らかに巾員が広く、本件はいわゆる広路車優先(道路交通法第三六条二項)が考えられる場合であるから、交通整理がないことを前提にしても、原告の主張するように直ちに徐行、一時停止の義務が生ずるわけではない。

ところで、交通整理の行われている交差点においては、そうでない交差点にくらべて、信頼の原則の働く反面として、安全運転義務(道路交通法第三六条四項)がいくらか軽減する関係にあると考えられるが、一般に信頼の原則は交通ルールが存在し、かつそれが交通関与者によって遵守されることが期待される状況下にある時に適用されるべきものであるところ、前述のように本件交差点の信号機は実質的機能を失っており、もはや右信頼の原則の働く基礎たる「信号機に従うべし」との交通ルールが存在しあるいは守られる状況にはなかったと考えられる。

しかし、このような信号機の故障によって、存在していた交通ルールが突然消滅し、信頼の原則が一切適用されなくなるとすれば、自動車運転者は常時信号機の故障に備えて運転しなければならなくなり、却って信号機を設置した意味を失わしめる結果となるから、運転者が過失なくして信号機の故障を知りえなかった場合にはなお前記信頼の原則が適用されねばならないものと考える。

(二)  被告伊藤が、平素本件事故現場を通勤途中に通っており、したがって千鳥橋方面から青信号で進行して本件交差点にさしかかる時は、そのまま青信号でこれを通過できることを知っていた事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右千鳥橋から本件交差点方向への信号機は当時いわゆる線系統による制御がなされていて、本件交差点の手前の石城町交差点の対面信号が変れば本件交差点の対面信号も同様に変るようになっており、被告伊藤もこれに気付いていたと思われること、事故当日同被告は、石城町交差点で赤信号により一番前に停車したが、同交差点より本件交差点は十分見通せる状況にあったことが認められ、もし、注意して見れば石城町が赤であるのに本件交差点が青といった平素と異る事態に気付き得たことが推認される。しかし、証人武田博美の証言によれば、石城町交差点より本件交差点まで約三〇〇mの距離があるのであり、被告伊藤に、常にひとつ先の信号に注意を向け、通常の線制御が行なわれていないことから信号機の故障に注意して自動車を運転するよう要求することは酷といわねばならない。

(三)  ところで、《証拠省略》を併せると、本件交差点の信号機の故障は、おそらく西鉄の電車もしくはバスの運転手からの連絡により、午前六時五五分ころ西鉄の営業所に明らかになり、そのころ無線連絡で指示を受けた西鉄の巡視員である前記有村らが、パトロールカーで先ず本件交差点に赴き、信号機の故障内容を無線指令室に報告するとともに、午前七時一〇分ころから赤、青の手旗を使用してこの交差点を通過する電車の誘導を始めたこと、被告車と同様千鳥橋方面から来た電車は、本件交差点の手前で一旦停止し右有村らの指示に従って進行していたが、有村は電車が来ると軌道と車道の中間に立って先ず電車に停止を合図し、次に頃合を見計って、千鳥橋方面から来る自動車に赤旗を出してこれらをストップさせたうえ電車を発進させていたこと、たまたま事故発生時には電車が来ており、電車の運転手の指摘によって本件事故直後の状況を目撃したことが認められる。この点について、被告伊藤は、石城町から現場交差点に差しかかるまで電車は往き来しておらず、また西鉄の巡視員の姿も見えなかった旨供述するが、右供述は、前記各証拠に照らしたやすく信用することができない。もし被告伊藤が事実を述べているとするならば、同被告は左側を併進していたライトバンに注意を奪われ、前方道路の交通状況に対する注視が十分でなかったといわざるを得ない。しかして、同被告が前記のような巡視員の赤、青の手旗による誘導によって電車が進行している事態を目撃したならば、本件信号機の故障に気づくことができたものと考えられるから、被告伊藤に対し信号機の故障を知りえなかったものとして前記信頼の原則を適用するのは問題がある。

(四)  《証拠省略》によれば、原告は本件交差点の北側停止線から時速一五ないし二〇kmの速度で交差点に進入し約二四・六m進行したところで被告車と衝突しており、一方被告車は時速約四〇kmの速度で進行していたことが認められるので、これにより逆算すると、本件交差点は見通しがよいこと前記のとおりであるから、被告伊藤は、衝突地点手前六五mないし五〇mの地点で、原告車が発進を開始したのに気づくことができたはずであり、衝突までなお四秒ないし六秒の余裕があったものであるから、その時点で適切な措置がとられるならば、事故を回避することができたものと思われる。

被告伊藤に、広路車優先の原則の適用は肯認すべきであるが、信頼の原則の適用には疑問があること前記のとおりであるが(仮に右信頼の原則を適用すべきものとしても)、前方を十分に注視して交差点内の状況を的確に把握し安全な速度と方法で進行すべきことは、自動車運転者として当然の義務であり、その点同被告には前記のように注意に欠けるところがあったといわねばならない。他に以上の認定を左右するに足る格別の証拠もない。

とすれば、被告伊藤は民法七〇九条により本件事故に基づく損害の賠償義務を免れない。

三  被告福岡県の責任

(一)  被告福岡県が本件信号機を設置管理していることは、当事者間に争いがない。

(二)  本件信号機の故障のために、原告が対面信号赤のままで、これを無視して交差点に進入したところ、右信号機の青の表示に従い左方から進行してきた被告車と同交差点のほぼ中央で衝突したことは前記認定のとおりであり、かかる原告の行動は、現示停止その他信号機に故障を生じた場合に、運転者が通常とるであろうと予測される範囲の行動といえるから、右信号機の故障と本件事故の発生の間には相当因果関係の存在を肯定すべきである。

(三)  さきに認定した事実に《証拠省略》を併せると、以下の事実が認められる。

本件信号機は少くとも事故当日の午前六時五五分頃には故障しており、そのころ西鉄の営業所に通報があって、直ちに無線の指令によって西鉄の巡視員が現場に赴いたのが午前七時四、五分頃であり、この巡視員から故障の内容について西鉄の無線指令室に報告があり、これが西鉄から警察に、更に担当の博多署交通係に連絡されたのが、七時二〇分ころである。右連絡を受けた小田満博巡査部長ら四名は勤務に備えて待機中であり直ちに出発したが、本件交差点に到着したのは七時二五分ころとなった。しかし、右警察官の現場到着より二、三分前すでに本件事故が発生していた。(本件事故の発生が七時二五分頃であったことは当事者間に争いがないが、厳密にいえばそれが七時二二、三分頃であったか、あるいは警察官の到着が七時二七、八分頃であったか、必ずしも明確ではない。)そこで、現場に着いた警察官らは一方で事故の処理にあたるとともに、本件信号機の制御機の蓋を開け内部の復帰ボタンを押してみたが、信号は現示停止のままで正常に復しないので、一応電源を切って滅燈したうえ手信号により交通整理を開始した。その後、午前八時三〇分頃信号機メーカー「日信」の担当者が連絡を受けて現場に来たが、その間、右警察官において信号機の電源を入れ手動によりこれを動かしてみたところ、信号機はひとりでに正常に作動するよう回復した模様で、右「日信」の担当者には故障の様子もその原因も分らなかった。そして、同日午前一一時二五分頃本件交差点の信号機がいま一度故障したようであるが、その内容、詳細は明らかでなく、また事故当日以外にも特にこれが故障を起したことを窺うに足る資料はない。

(四)  以上認定した事実によると、本件交差点の信号機は少くとも事故当日の午前六時五五分頃から事故発生の頃にかけて、東西方向が「青」、南北方向が「赤」の状態で現示停止しており、正常に作動していなかったことが明らかであるところ、およそ信号機の設置の目的が交差点における交通の円滑と安全とを図ることにあり、現在の交通事情のもとにおいては、かかる信号機の故障により重大な事故が発生する危険があることを考えると、信号機の設置管理者たる被告県としては、常時信号機が正常に作動するようこれが保守点検に努め、また必要な修復を行う責務を負うているものというべきであるから、不可抗力または回避可能性がない場合と目されないかぎり、被告県は右信号機の管理に瑕疵があったものとして、本件事故による損害についての賠償責任を免れえないといわねばならない。

(五)  ところで、信号機が数多の工業生産による機器を組合せた構成品であり、それが街頭において日夜風雨や震動にさらされるという条件のもとに使用されていることからすれば、その内部的・外部的原因によって信号機の故障は必然であり、如何に定期あるいは随時の保守点検が重ねられたにしても、それを皆無にすることは到底期待できないし、また事前に予知することも不可能であろう。本件の場合、なるほど事故当日に二回故障を生じているが、その前後において特に本件信号機が故障を起した事実も窺われず、故障を起したことそれ自体は、直ちに平素の管理の不十分を指摘するものでもなく、設置管理者にとっては一応回避しえない事態であったといえよう。

してみると、その管理の瑕疵の有無は右故障を生じたときの被告県の信号機の修復ないしは右修復までの対応の措置にかかるものとしなければならないが、警察が本件信号機故障の事実を初めて知ったのは、博多署交通係に連絡が入ったのが前記のとおり午前七時二〇分頃であり、せいぜいその一、二分前頃と推認されるが、右連絡によって担当の警察官は直ちにパトカーで出動しており、その途上本件事故の発生を知ったというのであるから、警察が故障を知った時点から事故発生までの間のみを考えるならば、本件は右故障の修復ないしはそれまでの対応の措置をとるにつき必要な時間的余裕がなく、不可抗力というべきである。

しかし、問題は故障を生じてから警察がその事実を知るまでに二〇分以上を要しているという点である。現下の交通事情からすれば、信号機の故障がこの程度の時間でも放置されるときは直ちに事故発生の危険を招くことは否定できず、前記のように信号機の故障が避けえないものとするならば、早速これを発見して対応できるよう平素から十分監視の措置がとられねばならない。

原告は右信号機の故障を即座に把握できるようコンピューター制御のシステムが導入されねばならないと主張するが、およそ信号機の設置があるような交差点は、かなりの交通量もありそれなりの危険性が考えられるにしても、その場所、時間帯によって自ら程度の差があり、それに応じた監視態勢がとられるならば、全ての信号機についてコンピューターシステムの導入が果して必要、不可欠とまでいえるか疑問としなければならない。

しかし、本件交差点に通ずる道路は福岡市内でも主要なものの一つであり、事故当時たまたま早朝のため交通量はそれほどでもなかったが、やはり十分な監視がなさるべき信号機であった。そして、《証拠省略》によれば、昭和四六年から福岡市内においては一部信号機がコンピューター制御に切替えられていたが、本件信号機は未だそれに組み入れられておらず、一般に警察の市内パトロールによるほか、附近の住民や自動車運転者らからの任意の連絡を期待するにとどまり、特段信号機の作動状況を監視するための措置はとられていなかったことが認められる。その点、他に格別の証拠もない。

被告県は、本件においてこれ以上の措置をとることは不可能であったと主張するが、たまたま本件の場合、西鉄電車の通過する交差点であったことから、西鉄を通じて警察に連絡が入り、比較的速やかに警察官の出動がなされたが、もし西鉄からの連絡がなければ、いつこの故障を知って対処しえたか、はなはだ心許ないところといわねばならない、そしてもし、信号機の監視態勢が十分に整備され、いま少し(たとえば五分でも)早く警察が故障を発見し対応措置をとっていたならば、本件事故の発生を回避し得たであろうことは前記認定の経過から明らかであり、未だ右の主張は採用できない。

とすれば、被告県の本件信号機の管理には瑕疵があったというべきであり、国家賠償法二条により賠償責任を免れないことになる。

第三過失相殺について

すでに認定した本件事故の状況に、《証拠省略》を併せると、以下の事実が認められる。

原告は本件交差点を北から南に直進しようとして「赤」信号により交差点の北側に停車中、「赤」信号が一向に変らず、また西鉄巡視員の手旗による誘導を見て信号機の故障を知ったので、左右道路の車両の合間を縫って発進した。右発進に際しては一応停止線から左右の安全を確認したが、いずれも進行車両を認めなかった。しかし、さきに認定したように、本件交差点から左方千鳥橋方向は見通しもよく、原告車がいよいよ発進したとき被告車は五〇mないし六五mの地点にすでに接近していたのであるから、いま少し距離があったにしても十分注視しておれば被告車の進行は当然認め得たはずであり、原告においてこれを認めなかったのはその注視が不十分であったためというほかはない。そして、発進後は前方の須崎方向から進行してきて停止線付近で停車した車に注意を奪われ、交差点の中央に向け二〇・四m進むまで、左方からの車両の接近に注意を払っていなかった。

以上の事実が認められ、これによると、原告は信号機の故障のためとはいえ、赤信号のままあえて本件交差点に入ろうとしたものであり、当然左右道路から青信号に従って自動車が徐行することなく進行してくることを予見しうる立場にあったものであるから、右進入にあたっては特に進入の前後を通じて左右の安全確認を怠らず、また直ちに停車できるように徐行して進行すべきであったといわねばならない。原告はその点過失が明らかであり、本件事故の発生には原告にも責任の大半がある。

そして、以上の諸事情を考慮すると原告の損害額につき五割の過失相殺をするのが相当である。

第四損害

一  治療費    金一二万七八三八円

《証拠省略》によれば、原告は治療費として金一二万七八三八円を支出した事実が認められる。原告主張のその余の支出についてはこれを認めるに足る証拠がない。

二  入院雑費    金二万四六〇〇円

前項挙示の証拠によれば、原告は昭和四八年一一月二八日より昭和四九年二月一七日まで八二日間、千鳥橋病院に入院した事実が認められるところ、右入院期間に要した雑費は一日当り金三〇〇円は下らないものと推認されるので、入院雑費として合計金二万四六〇〇円の主張は相当と認める。

三  休業損害   金四二万〇九四五円

《証拠省略》によれば、原告は事故前電々公社の臨時雇として働き、昭和四七年九月頃に二ヶ月分の給料として金一二万〇二七〇円を受け取っていたところ、本件事故により稼働できず七ヶ月間、収入を得ることができなかったことが認められるので、原告の休業損害として金四二万〇九四五円を認めるのが相当である。

四  逸失利益   金六五万二九五六円

前項によれば、原告の一ヶ月分の給料は金六万〇一三五円で、年収は金七二万一六二〇円であると認められるところ、原告は右休業の後、なお六七歳になるまで八年間は就労可能と考えられ、また前記認定の後遺症により、この間、原告の労働能力の喪失はまず一四%には達するものと認めるので、これらを基礎にライプニッツ方式により中間利息を控除して逸失利益の現価を計算すると金六五万二九五六円となる。

五  慰藉料        金八〇万円

前記認定事実からすれば、入・通院中の慰藉料として金四〇万円、後遺症に対する慰藉料として同じく金四〇万円、合計金八〇万円を認めるのが相当である。

六  車両損害   金一五万八〇〇〇円

《証拠省略》によれば、原告は、本件事故により破損した原告車の修理代として金一五万八〇〇〇円を支払った事実が認められる。

七  損害の填補

以上の損害額を合算すると総計金二一八万四三三九円となるが、原告自身にも本件事故の責任があるので、前記割合で過失相殺をすると、被告らにおいて賠償すべき額は金一〇九万二一七〇円となる。しかるに、原告本人尋問の結果によれば、原告は自賠責保険からすでに金一〇二万円の支払いを受けていることが認められるので、これを差引くと残額は金七万二一七〇円となる。

八  弁護士費用   金一万五〇〇〇円

本訴の事案の内容、請求額、認容額、訴訟の経過等一切の事情に照らすと、原告が被告らに求めることのできる弁護士費用は金一万五〇〇〇円をもって相当とする。

第五結論

よって、被告らは原告に対し各自金八万七一七〇円と右金員に対する本件事故発生の日である昭和四七年一一月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条、九三条を適用し、なお仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 権藤義臣)

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